京都地方裁判所 昭和60年(行ウ)32号 判決 1988年7月13日
京都市左京区一乗寺青城町三八の二
原告
堀江貞義
右訴訟代理人弁護士
村山晃
同
荒川英幸
京都市左京区聖護院円頓美町一八
被告
左京税務署長
森下巳代治
右指定代理人
石田浩二
同
佐治隆夫
同
信田尚志
同
村田巧一
同
寺田裕
同
林俊生
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告が原告に対し昭和五九年三月五日付でした原告の昭和五六年分及び昭和五七年分(以下、本件係争年分という)の所得税の更正処分(以下、本件処分という)のうち別表1確定申告欄記載の総所得金額を超える部分をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
第二主張
一 請求の原因
1 原告は、京都市左京区鹿ケ谷上宮前町一七(本件係争年当時の原告住所地)において「堀江電工」の屋号で電気配線工事業を営んでいた者であるが、被告に対し、本件係争各年分の所得税の確定申告(白色申告)をした。
被告は、昭和五九年三月五日付で原告に対し本件処分をした。
原告は、本件処分に対し、異議申立及び審査請求をした。
大阪国税不服審判所長は、昭和六〇年八月二〇日付にて審査請求を棄却する裁決をし、同年九月三日右裁決書を原告に送達した。
以上の経過と内容は別表1記載のとおりである。
2 しかし、本件処分には次の違法事由がある。
(一) 被告の調査担当者は、原告方に臨場したものの第三者の立会いを拒み、これを口実に原告に対する調査をしないまま、取引先へ反面調査をした。本件処分は推計課税の要件を欠く。
(二) 被告は、原告の本件係争年分の総所得金額を過大に認定した。
よつて、申立のとおり本件処分の取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1の事実は認め、同2の事実は争う。
三 抗弁
1 税務調査
被告の部下職員である調査担当者は
(一) 昭和五八年一一月四日、原告方に臨場したところ原告が不在であつたため連絡箋を投函した。
(二) 同月一七日、予め同日を調査日と打合せたうえ再び原告方に臨場し、原告に対し本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたが、原告が第三者を同席させてその立会いを要求したので、調査に至らなかつた。
(三) その後、架電するなどして調査に対する協力を求めたうえ、昭和五九年一月二〇日原告方に臨場したが、原告が第三者の立会いを要求したので、調査に着手しなかつた。
(四) 同年二月一四日、原告方に臨場し、第三者を同席させてその立会いを要求する原告を説得して一旦は第三者を退去させ、昭和五五年分の収支日計式帳簿を閲覧するなど調査を開始したけれども、間もなく、原告が再び右第三者を同席させてその立会いを要求したので、右帳簿の閲覧を中止し、それ以上の調査を続けるに至らなかつた。
(五) その後も、再三にわたり調査に応じるよう説得したが、原告は前同様の態度に終始した。
以上によれば、被告は、調査担当者が原告方に臨場したものの調査するに至らなかつたため、やむなく原告の取引先に対する反面調査をして推計課税の方法で本件処分をしたのであつて、本件処分に手続的瑕疵はない。
2 所得金額
(一) 売上金額は別表3記載のとおりである。
(二) 同業者の選定と算出所得率(同業者の算出所得金額をその売上金額で除した割合の平均値)の算定は、次のとおりである。
被告は、原告の本件係争年当時の事業所所在地を管轄する左京税務署並びにこれに隣接する上京、中京及び東山税務署に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち、本件係争年分で次の条件に該当する同業者を抽出し、別表4記載の事例を得た。
<1> 電気配線工事業を営んでいること。
<2> 他の業種目を兼業していないこと。
<3> 年間を通じて事業を継続していること。
<4> 各署管内に事業所を有していること。
<5> 対象年分の所得税について不服申立又は訴訟係属中でないこと。
<6> 売上(収入)金額が、昭和五六年分については三九〇万円から一一九〇万円、昭和五七年分については一一六〇万円から三五〇〇万円までの範囲内であること(この売上金額の範囲は、被告が主張する原告の本件係争各年分の売上金額の約一五〇パーセントを上限とし、同じく約五〇パーセントを下限としたものである。)。
右抽出した同業者は、業種、業態、事業場所及び事業規模等において原告と類似性があり、青色申告であるからその数値は正確であつて、その平均値に客観性、普遍性を認めるに足る程度に多数である。従つて、右同業者から算出所得率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。
(三) 事業専従者控除額は別表2記載のとおりである。
(四) よつて、事業所得金額は別表2記載のとおりである。
3 以上によれば、原告の本件係争各年分の事業総所得金額は本件処分を上回つており、本件処分は適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)ないし(五)の事実は認める。
しかし、原告は、税務調査を受けた経験がなく、税務の知識も充分でないため、平素から信頼して確定申告等につき助言を得ていた左京民主商工会事務員近藤英夫の同席を求めたのであつて、同人の立会いを求めたことは正当であり、同人が調査に支障を生じるような行為をしたわけでもない。調査担当者が右近藤の立会いを拒否して調査をしなかつたことは違法である。
調査担当者は、右近藤の立会いを認めることが守秘義務に違反すると言うのみで何ら納得できる説明をすることなく、その立会いの下での調査を拒否した。しかし、原告において右近藤に秘すべき事柄はなく、守秘義務を理由として立会いを拒否することは失当である。取引先の秘密については、これが原告に対する調査に関係しないものであるならば原告に対しても秘匿せねばならないし、そうでないならば、原告がこれを秘密としない限り問題とならない。原告は調査担当者に対し、右近藤が立会つても取引先のだれにも迷惑がかからない旨を告げている。第三者の立会いの下に調査している事例も多い。守秘義務を理由として立会いを拒否することには合理的理由がない。
原告は調査に協力する態度を示し、売上金額の実額を把握するに足る資料を有し、収支日計式簡易帳簿等を調査担当者に提示していたから、被告主張のとおり調査担当者が帳簿の一部を調査した結果として昭和五五年分については更正処分がされていないことに照らしても、調査担当者が右近藤の立会いを許しさえすれば充分な調査ができ、所得金額の実額を調査し得た。従つて、一方的に調査を打切り、推計課税をしたことは、推計課税の前提要件を欠いており、明らかに違法である。
2 原告の売上金額は別表3認否欄記載のとおりであり、事業専従者控除額は認め、抗弁2のその余の事実は争う。
原告は、従業員を雇用していなかつたから、自ら施工できる部分は些少で、受注工事の殆どを外注に頼つていた。その外注費は別表5の1記載のとおりの多額である。
被告主張の同業者は、税務署が本訴係属後にその訴訟資料として全く内部的に調査したもので、その住所氏名を明らかにされず、その業態、数値等に関する主張が正確であるか否かを確認することができないばかりでなく、その算出所得率に約三倍もの格差があつて明らかに業態の異なる者が含まれているにもかかわらず、このような格差が生じている原因も調査されておらず、各同業者の外注する割合も従業員数も不明である。被告は、売上と業種が類似しておればよいとの前提に立つて、原告には従業員がおらず外注の割合が高いことを知りながら、このような具体的な営業形態の差異をすべて無視して推計しており、かかる推計には合理性がない。更に、被告が原告に対する本件係争年分についての昭和五九年七月一三日付異議決定書において主張した同業者と本訴において主張する同業者との間には大きな差異があり、被告の同業者の選定は杜撰かつ恣意的なものである。
五 再抗弁
売上金額は別表3認否欄に、外注費は別表5の1に、支出した諸経費は別表5の2に各記載のとおりである。
六 再抗弁に対する認否
原告主張の外注費及び諸経費は知らない。なお、電話代は当該電話を原告の家族も使用しており、減価償却費は算定根拠が明らかでない。また、右外注費及び諸経費に対応する売上金額についての主張立証もない。
第三証拠
記録中の各証拠目録に記載のとおりである。
理由
第一 原告が京都市左京区鹿ケ谷上宮前町一七において「堀江電工」の屋号で電気配線工事業を営んでいた者で、被告に対し本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件処分をしたこと、原告が異議申立及び審査請求をしたこと、これら本件処分に至る経過と内容が別表1記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
第二調査について
一 原告は、被告の調査担当者が第三者の立会を拒み、原告に対する調査をしないまま取引先へ反面調査をしたとし、これが違法であると主張する。
二 検討するに、
1 被告の部下職員である調査担当者が質問検査権を行使するに際しての第三者立会、反面調査など実施細目については、実定法上特段の定めがなく、権限ある調査担当者の合理的判断に委ねられているものと解される(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。
原告は、税務調査を受けた経験がなく税務の知識も充分でないため、平素から信頼して確定申告等につき助言を得ていた左京民主商工会事務員近藤英夫の同席を求めたのであつて、同人の立会を求めたことは正当であると主張する。
しかし、そうだとしても、原告に右近藤を立会わせる権利があるわけではなく、同人の立会を許すか否かは調査担当者の裁量によるべきものである。
2 ところで、抗弁1(一)ないし、(五)の事実は当事者間に争いがない。この当事者間に争いがない事実、証人大塚治彦の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、調査の主な経過は次のとおりである。
(一) 被告の部下職員である調査担当者は、原告の妻と打合わせた調査日である昭和五八年一一月一七日、原告方に臨場し、原告に対し本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めた。原告は、収支日計簡易帳簿、領収書、請求書の提示を準備していたものの、民主商工会事務員である近藤英夫を同席させ、調査担当者に対して同人を立会させて調査するように要求した。調査担当者は、守秘義務を理由として近藤の退席を求めたが、原告が「私には秘密がないからこのまま調査をしてくれ」と言つて同人を退席させようとしないので、調査に着手しなかつた。
(二) 同調査担当者は、その後も原告方に架電するなどして調査に対する協力を求めて調査日を昭和五九年一月二〇日と打合せ、同日、原告方に臨場したが、原告が前同様に近藤を同席させてその立会を要求し同人を退席させようとしないので、調査に着手しなかつた。
(三) 調査担当者は、更に、予め調査日を昭和五九年二月一四日と打合せ、同日、原告方に臨場し、前同様に近藤を同席させてその立会を要求する原告を説得し、原告が右説得に応じて一〇分位だけと告げて近藤を隣室に退室させたので、昭和五五年分の収支日計式簡易帳簿を閲覧するなど調査を開始したけれども、間もなく、原告が再び近藤を同席させたので、右帳簿の閲覧を中止し、それ以上の調査をしなかつた。
3 原告はその本人尋問において「会計上の問題とか、税務用語が全く分らず、民主商工会の会員となつていて、計算も自分では分からない」から近藤を立会わせる必要があつた旨供述する。しかし、原告は、右認定のとおり収支日計表、領収書、請求書等の提示を準備しており、これを来訪した調査担当者の閲覧、調査に供するにあたつては、未だ特段の質問を受けておらず、従つて、その回答を準備する等の必要も生じていないのであるから、調査担当者から第三者の退席を求められれば、この指示に応じて第三者を退席させても格別の不利益を被るわけではない。原告は近藤の立会を求めたことが正当である旨主張するが、未だ同人を立会わせる正当な必要があるというべき状況に至つておらず、むしろ、その立会の要求が受入れられないことを予知しながら、敢えてこれを要求し、その拒否を口実にして調査を拒否したものと認められる。
4 以上によれば、調査担当者が近藤の立会を拒んだこととが違法であつたと認めるべき特段の事情は窺えず、「第三者が立会すると守秘義務違反になるので、調査はできない」としたことをもつて調査を尽くさなかつた違法があるとはいえず、また、このように原告が第三者の立会を要求し、要求を受入れない限り調査に協力しないとの態度に終始したため原告に対する調査により所得金額を把握できない場合には、被告が反面調査をして推計課税の方法で本件処分をするも止むを得ないものがあつたというべきであり、原告が調査の違法事由として主張するところは理由がない。
原告は、調査担当者に対し右近藤が立会つても取引先のだれにも迷惑がかからない旨を告げており、第三者の立会の下に調査している事例も多く、守秘義務を理由として立会を拒否することには合理的理由がないとも主張する。しかし、調査担当者が第三者の立会を拒否するには必ずしも積極的な理由のあることを要するものではなく、適宜の判断でその退席を求めることができるのであつて、立会の拒否は、これが社会観念上著しく妥当性を欠き裁量権を濫用したと認めるべき特段の事情が存しない限り、違法とはいえない。従つて、右原告の主張は主張自体失当である。
第三事業所得金額について
一 原告が京都市左京区において電気配線工事業を営んでいたことは当事者間に争いがない。
二 被告は原告の売上金額について別表3記載のとおり主張するところ、右のうち、原告はその売上金額が昭和五六年分七六九万五七五〇円、昭和五七年分二三三三万五一一五円であつたことを自認している。
三 算出所得金額の推計
1 原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五三年ころから中島清及び川辺功二と三人共同で、後には一人で建物内部の配線工事業を営み、記帳等を妻博子に手伝わせ、従業員を雇用せず、一人で処理できない部分は外注に出し、電線、パイプ等の材料は原告に対する発注者が購入した物を使用していたことが認められる。その余の事業内容等については明らかにされていない。
2 証人林俊生の証言により真正に成立したと認める乙四号証ないし一一号証及び同証言によれば、被告は、その主張のとおり、左京、上京、中京及び東山各税務署に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち、電気配線工事業を営み、外の業種目を兼業せず、年間を通じて事業を継続し、各署管内に事業所を有し、対象年分の所得税について不服申立又は訴訟係属中でなく、売上(収入)金額が、昭和五六年分については三九〇万円から一一九〇万円、昭和五七年分については一一六〇万円から三五〇〇万円までの範囲内である同業者を抽出し、別表4記載の事例を得たことが認められる。
3 以上によれば、右同業者は、業種、業態、事業場所及び事業規模等において原告と類似性があり、且つ青色申告者であるからその数値は正確であり、その平均値に客観性、普遍性を認めるに足る程度に多数であると認められるから、右同業者から算出所得率を算定し、原告の算出所得金額を推計することは、真実に合致する蓋然性が高く、合理性があると認めるのが相当であり、この認定を左右するに足る証拠はない。
4 原告がその主張するように従業員を雇用せず、受注工事の殆どを外注に頼つていたとしても、人絹費を雇人費として支出するか外注費として支出するかによつては算出所得率に顕著な差異が生じるとはいえないから、右推計の基礎とした同業者の外注割合も従業員数も不明であるからといつて、右推計に合理性があるとの認定を左右することはできない。なお、原告は外注費及び諸経費が別表5の1記載のとおりであつたと主張して被告主張の算出所得率を適用することに合理性がない旨主張するけれども、原告主張の外注費及び諸経費を採用できないことは後記のとおりである。
推計課税の規準となる同業者は、原告や各同業者間に個々的な種々の差異があることを前提としつつ、ある一定の基準の下に比較的類似していると認められる同業者の一群を抽出し、これら同業者から算定した算出所得率の平均値に推計基準としての合理性があるか否かが問題なのであるから、争点とすべきものは、同業者の個々の諸事情あるいは細部にわたる種々の差異ではなく、その抽出基準自体の合理性である。従つて、同業者の住所氏名が明らかにされないからといつて、必ずしも推計の合理性が立証不十分であるとはいえない。原告は同業者の業態、数値等に関する主張が正確であるか否かを確認することができないと主張するが、これは事実認定の問題に過ぎないところ、証人林俊生の証言により認められる作成経過に徴し、前掲乙五号証、七号証、九号証及び一一号証の記載は正確なものと認められる。
原告は、被告主張の同業者の算出所得率に約三倍もの格差があつて明らかに業態の異なる者が含まれているとも主張する。しかし、このように同業者算出所得率の幅が大きいことは、とりもなおさず、諸事情ないし細部にわたる種々の差異をもそのうちに包括していることの証左であつて、これをもつて直ちに推計の合理性に疑問を生じさせるものではない。なお、前記認定のとおり、原告が使用する電線、パイプ等の材料は原告に対する発注者が購入しているのであるから、原告の算出所得率は、これらの材料を自ら購入する場合に比し、相対的に高率になるものと推認される。
5 但し、別表4のうち、昭和五六年分の東山D(六八・七一)、中京C(六七・八三)、左京A(六二・一二)及び左京B(五八・九〇)は、他と比較して突出した数字を示しており何らかの特別事情があるものと推認されるから、これらを除外して(なお、同年分中京D並びに昭和五七年分左京N及び東山Gは同じく除外するのが相当と思料されるが原告に有利なものであるから一応はそのままとする)、同表により昭和五六年分の同業者算出所得率の平均値を算定すると別表6記載のとおり三六・七四%となる。
原告は、被告が昭和五九年七月一三日付異議決定諸において主張した同業者と本訴において主張する同業者との間に大きな差異があり、被告の同業者の選定は杜撰かつ恣意的なものであると主張する。しかし、被告主張の推計に合理性があること右のとおりであり、また、推計課税は売上金額の課税標準を認定する一方法に過ぎないから、被告が本訴において新たに同業者を抽出して主張することは、一般の民事訴訟における攻撃防禦方法の変更と同じく、当然に許されるとこすであり、原告の右主張は失当である。
6 前記売上金額を右同業者算出所得率で除すると、原告の算出所得金額は別表6記載のとおり推計される。
四 事業専従者控除額は当事者間に争いがない。
五 以上により、原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別表6記載のとおりとなること、計数上明らかである。
六 再抗弁について
1 原告は、外注費が別表5の1記載のとおりであり、支出した諸経費が別表5の2記載のとおりであると主張する。
2 しかし、
(一) 原告はその本人尋問において、昭和五六年分の電設工事株式会社への売上金額が中島及び川辺を通じての分もあつて被告主張の四九三万円より多く、中島が東洋電工から受注した仕事を手伝つた分もあつて、被告主張の他にこれらの売上金額が一〇〇万円程あり、これらは保管している収支日計式帳簿を調べれば判る旨を供述するが右帳簿を証拠として提出しない。
(二) なお、原告は、原告本人尋問も終了した後の昭和六二年八月二四日本訴第一一回口頭弁論期日に至つて昭和五七年分収支日計式簡易帳簿と題する帳簿(甲四九号証)を提出し、その後に同帳簿に基づく簡易収支計算書(甲五〇号証)を提出した。しかし、
(1) 甲五〇号証によれば昭和五七年分の所得金額を二八五万円余としているところ、これは成立に争いがない乙三号証(五七年分の所得税の確定申告書)の所得金額二〇八万円余と大きく異なること、
(2) 昭和五六年分の提出がないこと、昭和五七年分についても本訴第一一回口頭弁論期日まで提出されなかつたこと、
(3) 証人堀江博子は右帳簿を毎月の収入を把握するため一〇日ないし一か月毎にまとめて記帳した旨証言するけれども、同帳簿は雑費が概数で記帳され、各月の集計額の記帳もなく、家計費として使用した金額の記帳がないなど極めて杜撰なものである反面、売上金額については収入のみならず殊更にその請求額をも記帳していることなどに徴すると、同証人がこのような記帳事務に疎い素人であることを参酌しても、これが昭和五七年当時に記帳されたものではなく、本訴のために作出された内容虚偽のものとの疑いを払拭し得ず、その信憑性を欠くものである。
(三) 原告は昭和五六年分の売上金額を七六九万五七五〇円、外注費を六〇三万四九〇〇円、諸経費を二二五万四六五一円と主張するところ、同主張によれば同年分の所得は五九万三八〇一円の損失となる。
しかし、他方、原告本人尋問の結果によれば原告は昭和五六年分の確定申告を帳簿に基づいてしたと供述し、成立に争いがない乙二号証(五六年分の所得税の確定申告書)によれば原告が所得税確定申告において同年分の所得金額を一九六万七八一八円としていることが認められる。
(四) 当裁判所の勧告にもかかわらず、原告は原告が記帳していたという作業日誌を提出しない。
(五) 以上によれば、原告が本件係争各年分の売上金額の一部を秘匿しているとの疑いが生じ、これを払拭し得ない。よつて、原告主張の外注費及び諸経費は、これに対応すべき全売上金額の主張立証がないものであるから、これを採用できない。
3 なお、前掲乙四号証、六号証、八号証及び一〇号証によれば、被告主張の算出所得率は特別経費(建物減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、固定資産除去損、税理士報酬等)をも算出所得金額に含めて算出されたものであると認められる。従つて、原告に右特別経費が存するならば、これを算出所得金額から控除するべきである。しかし、
(一) 減価償却費については、被告の求釈明にもかかわらず、原告においてその算定根拠等を明らかにせず、かえつて、その本人尋問において工具類と自動車の減価償却費であるとも供述しているところ、これらの減価償却費は特別経費というに当らない。
(二) 地代家賃についての具体的な主張立証はない。
(三) 他に特別経費と認めるべき主張立証はない。
七 そうすると、その余の判断をするまでもなく、本件処分は前記認定にかかる事業所得金額の範囲内であるから、被告が原告の所得金額を過大に認定した違法はない。
第四 よつて、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 田中恭介 裁判官 和田康則)
別表一 申告・更正等の経過
<省略>
別表二 事業所得金額の計算(被告の主張)
<省略>
別表三 売上金額明細書
<省略>
注 原告は、はじめ被告旧主張をいずれも認めたが、後に、昭和62年12月14日付原告準備書面にて、昭和56年分の若山電気工業株式会社が領収書によれば2,765,750円であり、従前の認否は右と異なる請求書の金額を誤って認めたものであるから、この部分の自白を撤回すると主張し、且つ、昭和56年分売上金額につき被告旧主張の他に、「原告本人尋問の結果によれば、共同経営者から入金のあったものや、形式的には被告の売上になっているが実質は共同経営者の売上であったものがあり、それらを差引ても被告旧主張額を上回る総売上のあったことが明らかであるが、しかし、それは、せいぜい 100万円余りであり、それ以上に認定されるべきではない」旨を主張した。なお、被告は、右自白の撤回に異議があると主張する。
別表四 同業者の算出所得率表(昭和57年分)
<省略>
同業者の算出所得率表(昭和56年分)
<省略>
別表 五の1 原告主張の外注費
<省略>
注 その他は、電設工業の竹端慎治に支払ったリベート。
別表 五の1 原告主張の諸経費
<省略>
別表六 事業所得金額の計算(当裁判所の認定)
<省略>
注1 (845.46-62.17-58.90-67.83-68.71)÷(20-4)≒36.74%
注2 (本件処分額)
<省略>